昔、小説で読んだことのある、錦繍の蔵王。
キュンパスの存在を知ったその日、
ずっと憧れていたその地に吸い込まれるように、チケットを購入した。
わたしの胸が、小さく音を立てた。
旅の始まりは期待と嬉しさに満ちている。
蔵王温泉。
天気は曇、そして少しの雪。
雪といっても東京に降る雪とは違った。
小さな氷の粒。
顔に当たると冷たくて痛い。
この旅の目的は樹氷。
錦繍とは違うけれど、きっと神秘的だ。
雪が舞う街に、硫黄の匂いが立ち込めていた。
道路の下を潜るように流れる川からは、蒸気が上がっている。
温泉でしっかりと身体を温め、ロープウェイで山頂へ向かう。
麓の天気は晴れに変わっていた。
今日は、美しく輝く樹氷が見れるかも知れない。
だけどそんな期待もむなしく、
ゴンドラに乗り込む頃には、すっかり太陽が隠れてしまった。
標高が上がるごとに、雲は厚くなっていく。
それでも、
上から望む、氷の粒を纏った針葉樹の姿は神秘的だった。
白銀の世界に白く染められた木々の濃淡は、
画の具で描かれたように見えた。
そして、ゴンドラを降りる。
山頂は少し吹雪いていて、
剥き出しの私の顔は一気に冷たくなる。
写真を撮る手の感覚がなくなっていく。
あたりは白く、霞んでいた。
時が止まったような世界で、わたしはひとり立ち尽くしてしまった。
そこには樹氷たちが、静かに立っていた。
――麓に近づくほどに、
雲は薄くなり太陽が顔を覗かせる。
山頂の樹氷とは違い、葉の影が見える山腹の白い木々たちは、雲間から差し込む太陽の光に照らされて、
キラキラと光っていた。
新幹線の時間が迫る。
段々と駅が近づいたそのとき…
キュンパスが、ない。
通常料金で再購入。
『この旅はそんなに安くないぞ』
蔵王が、言った。

