高校時代、網膜剥離の手術で2週間ほど入院したことがある。
友人や親戚がお見舞いに来て、家を恋しがっていたわたしに笑顔をもたらしてくれた。
それでも1日も早く帰りたくて、予定より退院を早めてもらった。
帰宅して、一番仲の良かった友人にいの一番に電話をかけた。まだ携帯電話が普及し始めた頃で、わたしたちは携帯を持っていなかった。
友人の母が電話に出た。
「今日もお見舞いに行くと言って、さっき出かけちゃったわよ」
思わぬ行き違いだった。
夕方に電話が鳴る。
「まだ居ると思って行っちゃったじゃん」
思わず友と吹き出して笑った。
他愛もない笑い話だけれど、実は、電話口で声が震えそうになるのを必死に堪えていた。
入院したとき、眼の症状はかなり進行していた。高校生だったわたしは、一時は失明も覚悟していた。片目があれば生きていける…何故か、気が張っていた。
術後、残念ながら視界は完全には戻らなかった。
でも、視界の悪さそれ自体は受け入れられた。
それより悲しかったのは、自分がハンデキャップを持つ側のカテゴリーに入ったような気がしたことだった。
そんなとき、電話から聴こえてきた友の笑い声が、弱さを人に見せられなかったわたしの心を明るく包みこんでくれた。
今日、年老いた母が入院した。
病室の窓の外に、当時の景色が広がった気がして、優しい記憶がそっと掘りおこされた。
母は、入院生活に何を感じるのだろう。
母の目にも、そんな景色が残るといい。
次々と国道を走り去る車を眺めながら、ベッドの上で小さく座る母の姿が、窓ガラス越しに透けて見えた。
病院の窓
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